セカンドロード

いろいろ考えてみる

6月19日は父の日でした。

前日に私の父に贈り物を送ったのに自分が父であることを忘れていて、嫁と子供からの贈り物を貰いました。

たこ焼き(銀だこの柚子ネギ明太)とプレミアムビール(大好きなのに普段飲めない一本)

1歳11ヶ月の子供が初めて自分の意識を持って贈ってくれたことが何よりの宝であって、大切な思い出です。

年に一度の〇〇の日は数多くあるけども、自分がその立場になって、わかったことがあります。

今日の発見「あった」

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Creative Commons License photo credit: Stas Kulesh


思い返してみると…「手紙を添える」こととは

毎年贈り物と一緒に手紙を添えているのですが、毎年たった1行から3行の手紙が書けません。

それは「気持ちを伝える」という事だからです。贈り物を贈るときには相手の笑顔を考えたり、趣味から広げたりとできるのですが

白紙に字を書くとなると、何も伏線はありませんから自分の素直な気持ちが現れるのだと思います。

だから手紙をいざ書こうとしても、定型文を選ぶこともせずに悩むのだと思います。

しかし、すぐに書ける人もいます。見習いたいと思うのですが「普段から書いてる人」は「普段から観察(相手のことを考えている)のだと思います」

すぐに書ける、悩むの差はあっても手紙を書くということは「相手のことを思いながら書く」という相手を思いやるということでは一緒でどんな内容でも嬉しいものだなと思います。

仮に「元気ですか?僕は元気です。」という(私の場合)小学生のころに使い回した文字であっても、貰う側にはうれしいものだと思います。

手紙は文章に気持ちがあるのではなくて、その人の手で書いた文字にこそ気持ちが入るものだと思います。

先日、1歳11ヶ月の長男が「うずまき」のようなグニャグニャーとした絵(記号?)を書いて「これ何?」と聞くと嬉しそうに何度も「パパ、パパ…」と繰り返してくれました。 それだけで私にとってその絵は大切な絵になりました。結局は子供が書いてくれたものならなんでも嬉しいんだと思います。

 

贈り物は…何にしよう

趣味とかがあればそれに合わせてもよいと思います。でも私は今年はじめて自分が「欲しい!」と思った物を贈りました。

年齢差はありますが、服とかアクセサリーとかではない雑貨類であればむしろ逆に普段買わないような物を贈るのもありかなと思い選びました。

写真はないのですが、A4サイズの木の棚のようなもので、携帯を置いたり腕時計を置いたり、フックを付ければ当然鍵も置けるもので、私も嫁に買ってとおねだりをしたかったけども、経済面で我慢せざるを得なかった一品ですが、携帯や腕時計や鍵、また財布とか定期入れなど同じ男同士で日用品に違いはありません。

年齢とか関係なく、特殊な専門職とかで無い限りは日常の持ち物は差がないのです。

来年もそういう見方で贈り物を選ぼうと思います。良かったら一度お試し下さい。

自分で選ばないデザインとかは

人から貰ったりしない限りは試すこともあまりありません

そして父も息子も普段使う日用品に差が殆どないという発見がありました。

電話が掛かってきたそうですが(私仕事中だった為) 父も喜んでいたそうです。

なかなか自分で買わないものをどう使っているのか実家に帰る楽しみも増えました。

My Father's Watch
Creative Commons License photo credit: ggjsmith

結局最後は「何でも良い」

結局は何でも良かったといのが自分が父親になったときに子供と嫁に貰ったときの感想です。

今までは何が喜ばれるのか、何が使ってもらえるのか、何を伝えたら良いのだろう・・・とかいろいろ考えましたが、

今年自分がもらう立場になって初めてわかりました。

年にたった一度の「父の日」に何かをされるということは「父として認められている日」という認識ができる日なんだと思いました。

もちろん普段から父親ですが、改めて「父」と再認識する日なんだなと自分が親になって初めてわかったのです。

今までは感謝をすることが第一と思っていましたが、父と認められていることを喜ぶ日でもありました。

また何気ない日常のなかであらためて〇〇の日とされると新鮮味があってコンビニで飾られてるだけでも意味はあるんだなぁと思います。〇〇の日は〇〇を思い出す日でもありました。

〇〇の日だからゆっくり過ごしたい。とかも、

〇〇を理由に何かをするということは実に大切なことなのかもしれません。

目的は人それぞれでも、年に一度の〇〇の日はただ感謝をするされるだけではない意味が

あるのだと今日気づきました。

しかし、〇〇の日に何もなかった…という事もあると思いますし、今後私もそうなる自信はあります。ならないことを祈りますが。

でもそれはそれで良いのだと思います。

街中には〇〇の日とあちこちで見かけますし、コンビニだって〇〇の日とイベント扱いをしてくれています。

〇〇ということを第三者や喜ぶ日として捉えられれば良いのだと思います。

 

我が子は男の子…絶対にいつか父の日は「忘れた父の日」などと言うに決まってる。絶対に忘れる。

 

それも楽しみです。私がそうでしたので。

 

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